1)解剖を承諾した遺族に、感謝の言葉を言わなかったような場合
2)解剖が始まってから、解剖に反対の遺族が現れるような場合
3)「田舎のご親族で、解剖に反対の方がおられませんか」と聞いた場合
4)遺族全員が解剖に反対している場合
7、「必ずしもきちんとした市民権を得ていないことが、よくわかる」とあるが、文章中の何によって、それが「よくわかる」のか。
1)いぞくがしばしばたんすうでないこと
2)常識と日本文化には関係があること
3)遺族の意見を十分に調べるのが無理なこと
4)遺族に筆者が殴られたりすること
問い2この筆者の職業として、最も可能性の高いものは何か。
1)作家 2)弁護士 3)日本文化研究家 4)医者
問い3最近筆者は主にどんなことに関心を持っていると考えられるか。
1)死ぬ権利をめぐるさまざまな議論
2)遺産相続に関する常識
3)死体にかかわる常識の文化的背景
4)解剖技術の発展の歴史
問題2次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1,2,3,4から最も適当なものを一つ選びなさい
私の知っている寿司屋の若い主人は、なくなった彼の父親を、いまだに尊敬している。死んだ肉親のことは多くの場合、美化されるのが普通だから、彼の父親追憶もそれではないかと聞いていたが、そのうち考えが変わっていた。
高校を出たときから彼は父親にすしの握り方、飯の炊き方ーー寿司屋になるすべてを習った。父親は彼の飯の炊き方が下手だとそれをひっくりかえすぐらい厳しかったが、何といっても腕に差があるから文句は言えない。だがある日、たまりかねて「なぜぼくだけに辛く当たるんだ」ときくと、「おれの子供だから辛く当たるんだ」と言い返されたという。
父親が死に、一人前になって店をついで見ると、その辛く当たられた技術が役に立ち、なるほど、なるほどと彼は分かったそうである。
私はこの若い主人の話を聞くたびに羨ましいと心の底から思う。そこにはわれわれがある意味で理想とする父親と子供の関係があるからである。
子供はその時、技術だけではなく父親の生き方も学んでいく。自分の作る寿司に妥協しない父親、飯の炊き方一つにも/意を持ってやる父親の生き方を技術と同時に習っていく。それが本来、父親というものだ。
私がこの若主人を羨ましいと思ったのは、私には、自分の息子にそのような技術が教えられぬからだ。私は小説家だが、息子は別の道に進むに違いない。私が今日まで習得した小説を書く技術を彼に教えることはできない。今の多くの父親も私と同じ酔うな悲しみをこどもにもっているにちがいない。自分が習得した技術を子供に教えられぬ悲しみ、あるいは教えるべき技術を持たない悲しみが心のどこかにあるに違いない。そして子供にとっても父親はそれによって、自分が将来を生きる知恵を伝えてくれる師ではなく、ただけむったい存在か、友人のようなパパにすぎないのであろう。
せめてそれなら子供に自分の趣味を吹き込もう。ツリノ好きな父親は子供にツリを、レコードの好きな父親は子供にクラシックを、薔薇作りの好きな父親は花の作り方を子供に教えようと私は思うことがあるが。
問い1 1「それ」が指す内容として最も適当なものはどれか。
1)死んだ肉親の追憶
2)死んだ肉親の美化
3)死んだ肉親への尊敬
4)死んだ肉親厳しさ