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日本の大都市、東京なり大阪なり横浜なりを歩いてみると、若者が多いのに気づく。電車に/っても、食堂や映画館に入っても、若い人が多い。
もちろん、世界中どこの国でも農村から都市への人口流入はある。アメリカでは、南部から、北部への人口流入のほか、プエルトリコやメキシコなどから多数の人が北部や西部の大都市へ入って行く。イタリアなどでも、南部の農村から北部の都会へ大量の人口流入が見られる。ただ日本と違うのは、欧米の場合、機械化が進んだため失業した人などが一家を挙げて移住することが多いということである。日本では、農村にちゃんと一家が残り、その家から若者だけが離れて単身都会へ出て来るという形が多い。この場合、日本の教育水準の驚くべき均一化と標準語の普及が大いにものを言う。農村から出てきた若者が大都市の工場へ入ると、互いにすぐ話も自由に通じるし、上役から言われた仕事も理解でき、一応こなせる。こういう若者が農村の自然の中で元気に育ち、大都会へ出て来て、安い賃金で勤勉に働き、貯蓄にも励んで、日本経済の推進力となってきたのである。
今まではそれでよかったかもしれない。だが、問題はこれからである。貿易面に現われた食糧自給率の低下に示されているように、日本の農業政策のゆがみが大きくクローズアップされてきた。農村では、妻と子供、それに老人が寂しく家を守っているところも多い。若者たちは都会に出て行き、父親もまた、一年の半分近くを都会へ出稼ぎに行っているのである。このように過疎化した農村からは、もう今までのように若い労働力を送り出し続けることはできない。それどころか、農家の後継者不足自体が問題になっているのである。
会話
(AとBは友人で、異なる大学の教員)
A 六〇年代になってから、東京の流入人口は増える一方ですね。
B ことわっておきますけど、私が東京に来たのはずっとその前ですよ。
A 学生の時からずっと東京にいるわけですか。もっともそういう人は多いですね。
B みんな青雲の志を抱いて東京へ、東京へと出てきたわけですよ。
A そうですね。あの傾向は今でも変わらないんじゃないですか。私の学校は、学生の大部分が地方出身なんです。
B 私のところもそうらしいんです。ま、東京には大学が多いから、学生だけでも大変な数になるでしょう。
A そして、卒業してもそのまま東京に住みつくんですね。
B そりゃ、東京など大都市のほかは就職のチャンスが多くないんですからね。東京に出れば、なんとかなるっていうのは、かなり当たっていますよ、今の日本じゃ。
A そうですね、確かに。ああ、そういえば、欧米の大都市に比べて、東京は、若者人口の比率がぐんと高いんだそうですね。
B それは、町を歩いた感じでも分かりますね。新宿とか、六本木とか、私たちみたいな中年は少ないですね。
A うん、場所によっては、私たちが入れそうな店がありませんね。みんな若者相手の店で。
B まったく、ほんとに東京は若者だらけですね。
A これじゃ、田舎には人がいなくなるでしょうね。
B じいさんばあさんだけで、村の祭りや行事もできなくなったところもあるらしいですよ。
A 確かに過疎地域が多くなってるそうですね。
B その分、東京が過密化するわけです。このごろの東京は、なんか息苦しい感じがしますね。
A うん。みんなが吐き出す炭酸ガスだけでも大変なものです。ところで、その息苦しい東京がいやだという若者が出ているそうですね。
B ああ、それ、私もなんかで読みました。Uターン現象とか、脱都会現象とかいうんでしょう。
A 私の教え子にも大学を中退して国へ帰っちゃった学生がいますよ。友達といっしょに、牧場を経営するとか言っていました。
B ほう、なるほどね。そういえば、去年も、今年も、地方に就職希望者が殺到したそうですね。
A ほんの少しにしても、都会に背を向ける若者が出てきているんですよ。なんとなく、心強い感じがしますね。
B 同感です。私も定年になったら国へ帰って塾でも開こうかな。
A いいですね、故郷があるっていうのは。
