記念写真
私の父は今のところ、家族や親戚の人たちに頭が上がらない。
去る九月十七日のことだった。その日は、私のいとこののりちゃん(父の姉の子供)の結婚式だった。前日は台風二十三号で大雨が降ったが、その日は、雨もやみ、風は少し強かったが、とてもよい天気になった。のりちゃんの家に集まった親戚の人たちは、口々に、「よかった、よかった。」と喜び合っていた。みんな部屋を出たり入ったりして、落ち着かない様子でお嫁さんを持っていた。「来た、来た。」という声に飛び出していくと、きらきら光る赤い着物姿ののりちゃんが、すてきなかんざしを付けて、母に手を引かれながら玄関から入ってきた。父が、
「待って、待って。玄関から入ってくるところを一枚。」と言いながら、パッと、フラッシュをたいた。それから、床の間の前で。
「はい、こっちを向いて。はい、もう少しうれしそうに。」とかなんとか、前から写したり、横から写したり、後ろ姿を写したり、名カメラマンぶりだった。
のりちゃんは静岡へ行ってしまうので、親戚の人たちも、私と妹も、それぞれお嫁さんのそばへ行っては父に写してもらった。母が
「後で、フィルム入れてなかった、なんて言うんじゃないでしょうね。」と冷やかしたら、
「絶対に大丈夫。撮影技術は保証済みなんだから。」と言いながら、お嫁さんとお婿さんを並べては、パッ、お婿さんの親戚の人たちを並べては、パッ、頭の汗をふきふき、フラッシュをたいた。
ところが、結婚式の次の日、写真屋さんに頼みに行く前に、
「まだ、二、三枚、フィルムが残っているから。」と、母を写したとき、二、三枚どころか、それ以上写しても残っているようなのだ。父は変だと思ったらしく、あわてて、カメラを開けてみて、大声を出した。
「ああ、一巻の終わりだ。」
どうしたわけかフィルムは全然動かず、空回りをしていたのだ。母は、「大変。のりちゃんや親戚の人たちに、なんと言ってお詫びしたらいいんだか。」と、ぼそぼそ言った。私もがっかりした。フィルムは入っていたけれど、母の冗談が本当になってしまったのだ。
写真を写したのは父だけだったので、のりちゃんの記念写真は、とうとうだれの手にも渡らないでしまった。
だから、今のところ、私や妹が、「お父さあん。」と、節を付けて言うと、「あ、ご免、ご免。」と言いながら逃げ出してしまう父である。しかし、だれよりも残念に思っているのは、きっと父に違いない。
ファンクション用語
禁止
(寮則の用語例)
(1)室内で騒いではいけない。
(2)寝る前、消燈を忘れるな。
(3)ゴミを捨てるべからず。
(4)痰を吐き散らさないこと。
(5)来客の宿泊はご遠慮ください。
